ウィットゲンシュタインのいうように「語られえざることについては沈黙しなければならない」のだとしたら、美そのものについては一行も書くことが許されないだろう。
われわれは、ただ、「美しいもの」との出会いにおいて、戦慄(せんりつ)し、眩惑(げんわく)され、蠱惑(こわく)されているばかりということになる。
こうした美の秘密について、ほかのだれよりも知っているのは詩人たちであろう。
美は「恐ろしきものの始め」(リルケ)であり、「巨大な、恐ろしげな純真な怪物」(ボードレール)だという。
まことに、それは「言語に絶する何ものか」(ホフマンスタール)なのだ。これを概念によって定義しようとし始めるや否や、われわれは途方もない混乱に巻き込まれることになる。